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「反省してま〜す」で話題になったプロスノーボーダー国母和宏の現在

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2010年、バンクーバーオリンピックにスノーボード・ハーフパイプ代表として、出場した国母和宏選手を皆さんは覚えていますか?

日本代表の制服をだらしなく着こなした姿がテレビで放送され、周囲から大きな反感を買いました。その後の会見で、この事について聞かれた際「(チッウッセーヨ)反省してま〜す」と全く反省してない態度を取り、さらに周囲の反感を買い、当時はとても話題になりました。

これだけを見たら、国母選手はどうしようもないやつだと思うかも知れません。しかし彼は人情に厚く、スノーボードにかける想いは人一倍あり、とてもいい人なんです。

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友人を救った

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国母選手は友人のプロスノーボーダー荒井”daze“善正が難病である「慢性活動性EBウイルス感染症」を患った時に、ダゼ募金「荒井daze善正君を救う会」の立ち上げに加わり、海外の大会や撮影の合間をぬってに病院へお見舞いにいきました。

病床のdazeに対し、ワールドカップやトレーニングで毎年訪れるスイスの高山の氷河が年々減少していることなどを語り、「(バンクーバー五輪で)メダルを取ったら、氷河保全の活動に寄付をしたい」と述べる。

彼は取材を受けるたびに募金を呼びかけたそうです。その甲斐あって、dazeさんは骨髄移植の手術を受ける事が出来、元気になりました。

 

世界が認める技術

バンクーバーオリンピックでは、決勝で大技「ダブルコーク」の着地に失敗し、8位という結果でしたが、バンクーバーオリンピックの1ヶ月後に開かれた、世界最大のスノーボード大会「BURTON US OPEN 2010」ではハーフパイプ部門で、日本人として初優勝を飾りました。

さらに次の年に開かれた「BURTON US OPEN 2011」でも、昨年に引き続き優勝し2連覇を達成しました。当時日本であまり報道されなかったので、知らない人がほとんどだと思います。

 

 

US OPEN 2011では大会後にこのようなコメントを残しています。

「日本で地震に被災された方々に、言葉より滑りで伝える事ができないか考えていました。ウィニングランは自分なりの日本への祈りでした。スポンサー、家族、友人に感謝しています。この優勝で少しでも日本に喜びを届けられたら。」

この頃、トレードマークだったドレットヘアーを辞め、東日本大震災の復興ボランティアに参加したりしていたそうです。

 

そして数年経った今

ソチオリンピックに指導者として参加

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「指導者として貢献したい」という本人の意思により、反面教師として技術コーチに就任。

スノーボードをメジャーなスポーツにしたいという気持ちや、仲間のボーダーに対する思い、練習に対する真摯な姿勢などから、絶対的な信頼を寄せられている。

若手の選手は誰もが国母選手を信頼し、尊敬しているようです。

 

adidas Snowboarding team

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adidas Snowboarding teamに所属し、ブランド初となるスノーボード・コレクションの開発に携わりました。

 

まとめ

「スノーボードのことだけをやってきたやつだけだと思われたい。変なメディアに出てお金稼いだりとかじゃなくて、シンプルにスノーボードにどっぷり浸かって消えて行きたい。」

こんな真っ直ぐでかっこいい男なかなかいませんよ。これからスノーボード界をもっと盛り上げていってほしいです。

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